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[イースター島1日目]

[イースター島1日目]

 次の日、朝8時頃目が覚めると、外は快晴!

 ダイニングに朝食を取りに行くと、ニューヨーク在住の日本人夫妻が朝食を取っていた。「島内は紫外線がきついから、日焼け止めを塗らないとエライ目に遭うよ。」と忠告されてしまった。旅慣れていない私たちが、日焼け止めを持ってきているわけが無く、とりあえず1日目は何も塗らずに紫外線のお手並みを拝見(?)することにした。
 朝食は、パンが2つ(直径10cmくらい)、スライスしたハムとチーズ、バターとジャム、コーヒーor紅茶、それとUさん曰く「うっすーいオレンジジュース」というメニューだった。夕食がヘビーなので、このくらいの朝食でおなかが一杯になってしまった。

 食べ初めてしばらくすると、Uさんが朝食をとりにダイニングに来た。Uさんと話をしたのはT氏くらいだったので、ここでの会話は今から思うととてもふつーの会話であったと思う。このときに、私たちはツアーを利用しないことをUさんに告げると、Uさんの方から「みなさんと、一緒に行ってもいいですか。」という返事が返ってきた。一人で海外に来る人って、旅先で日本人と一緒に移動するのを嫌がりそうな気がしてたので、結構意外だった。日本に帰ってから、Uさんがこのときの心境を手紙に書いていたが、本人も自分がした返事が意外だったようだ。

[絵はがき購入]

 観光に出かける前に、私たちは絵はがきを買いに出かけた。私とT氏は出すつもりでいたが、なにぶん海外旅行初心者のS氏は準備をしていなかったので、買いに行かなかった。しかし、UさんにはS氏がはがきを出さないのが不思議に思えたらしく、「どうして出さないの?」とか「出す人いないの?」とか言って、いぢめていた。私たちは、絵はがきを4枚ずつ購入し、郵便局で切手を買った。いや、正確には切手は「買ってもらったという方が正しいかな。(金は自分で出したけど・・・)

[さあ、出発!]

 朝食の後、出発準備を整えて11時頃に出発する事にした。
 部屋に鍵をかけることが出来たため、金目の物をデイバッグに入れて、その他の物は部屋に置いていくことにした。
 借りた車は宿の車で、スズキの4駆だった。(US$ 55/day) 国際免許証を取ってきたのが私だけだったため、私が運転することに・・・
 左ハンドルのマニュアル車! 当然、右側通行!
 ワイパーがハンドルの右に付いてて、ウィンカーが左に付いてる!(もう、いいって?)

 実家で乗っている車はオートマチック車なので、マニュアル車を運転するのは4ヶ月ぶり。3人に心配をさせないために、いかにも右ハンドルの車になれてるような振りをして運転することにした。(内心は、”ちょー”ドキドキッ!)
 宿の敷地内から外に出るまでの道は、車1代分くらいの幅しかなくて、しかも斜め。極めつけは、そこをバックで出るってこと! そこで、3回ほどエンストをしたけど、それ以降エンストはなし! でもって、ウィンカーとワイパーの出し間違いは、1回もなし!! (自分を誉めてあげたいです。(^o^))


[オロンゴにて]

まずはじめに行ったところは、昨日の夜イタリア人に教えてもらったオロンゴである。 島の南西部に位置し、死火山ラノ・カオがある。ここは、かつて聖域だったそうだ。
 宿から車で約20分くらいダートの道を上った。運転をしながら、周りの景色を楽しんだ。(俗に言う、”脇見運転”ってやつでしょうか?)だって、海がすごくきれいだったんだモン。車の後ろの席で、「ほらほら、あそこ。すごくきれい。」なんて言われたら、運転してても「うん?どれどれ」なんて見ちゃうよねぇ。

 入り口の小屋で入場料(US$ 10)を払って中に入ると、まず目に飛び込んできたのは、青くて広い海! 海好きの私にはたまらない景色だった。さらに進むと火口にたどり着いた。火口内には、独特の植物が生えてるようだった。ボキャブラリの少ない私には、とても形容できない景色でした。

 でも、とにかくこの場所は風が強い。海風なので、海や火口内に飛ばされたりという心配はなかったけど、周囲に風を遮る物がないと、こうも強いのかと思い知らされてしまった。

 オロンゴには「鳥人儀礼」というのがあったそうだ。毎年季節の到来とともに沖合の岩島モツ・ニュイ(Motu・Nui)に泳いで渡り、飛来するグンカン鳥の最初の卵を持って帰ってくるというもの。これを成し遂げた若者は、「鳥人」と呼ばれ1年間島民に崇拝されたそうだ。そのことを示すように、鳥人のレリーフが岩に彫られている。
 オロンゴを後にするときに昼前になったので、村に帰って昼食をとることにした。



 

(「T氏を探せ!」のコーナー(Part 1) Level 50)

[馬と私]

 オロンゴの駐車場を出たあたりに、放牧されている馬が5,6頭いた。
 旅先で会った動物と記念撮影をするのが好きな私(小岩井牧場に旅行に行ったときは、「羊と私」の撮影に成功している。)は、「馬と私」という題の写真を撮るべく馬に近付いていった。しか〜し、あまりにも馬たちに近付きすぎたため、写真を撮る頃にはみんな後ろを向いてしまったのだった。


[昼食タイム]

 村の港にあるレストランに入ることにした。外の方が気持ちよかったので、2階のテラスに陣取ることにした。プエルト・モンのレストランでは、スペイン語のメニューに悩まされた3人であるが、今回は大丈夫! だって、Uさんがいるんだから。大船に乗った気持ちでメニューを見ると、なんとスペイン語と日本語表記だった!(恐るべし、日本!!)私とS氏は、海産物たっぷりのパエリア(2人前、約 US$ 9)とビールを頼んだ。すると、30cmくらいの皿に山盛りのパエリアがやってきた。でっかい伊勢エビがのっていて、見た目にもすごかったけど、味の方も少しスパイスがきいていてとても美味しかった。(機内食よりも、口に合うような気がした。)


[タハイ、アキビのモアイ]

 昼食後、レストランの前の道を北上して島の西側を回ることにした。
 出発後すぐに、アフ・タハイの遺跡に到着した。ここには、私の知っているモアイ像とは全く違う石像が10体ほどあった。どれも人間とは違うのだが、見ているとなんだかほのぼのしてしまうほど、かわいい顔をしていた。少し離れて、5体のモアイと目のあるモアイがあった。目のあるモアイは、なかなかいい味をだしていたと思う。しばらく見とれてしまった。ここにあるモアイを見て思ったんだけど、みんな海に背を向けているんだよね。何か意味があるんだろうか。


 慣れないダートの道を迷いながら、ようやくアフ・アキビの7体のモアイにたどり着いた。ここは、周囲に何もない所にぽつんとモアイが立っていたので、見つけるのに苦労した。ここにたどり着く頃には、慣れない左ハンドルと、慣れないダート(しかも、狭い道)での運転で疲れてしまった。

 夕方(夜でない)8時くらいに宿に戻り、昼とは別のレストランに夕食を食べに行った。しかし、この日は今年最後(12/31)のミサが6時半からあったらしく、レストランはまだ準備を始めたばかりだった。店員さん曰く、「今準備が出来る料理は、豚と鳥とマグロくらい。(スペイン語)」ということだったので、私は豚を頼んだ。イースター島での最初の夕食なので、まずはビールで「サルー!」。ここでもやったのであった。出てきたポークステーキは、スパイスも程良くきいていて、とても美味しかった。

 夕食後、ガイドブックにも書いてある「夕日の沈むタハイのモアイ」を見ようとしたのだが、さすがに夕食をすませた9時頃になると日も暮れていたため、仕方がないので公園にあったブランコで遊ぶのであった。(むぢゃきっ!)

[新年のカウントダウン]

この日の夜0時に新年のカウントダウンがあるというので、11時くらいに宿を出て港の方向に向かった。すると、体育館から道を挟んだ海岸沿いの空き地の辺りに人が集まって、思い思いに歌を歌ったり踊ったりしていた。0時に近づくにつれて続々と人が集まってきたため、これから起こることに一層期待して待っていた。「・・・、CUATRO(4)、TRES(3),DOS(2),UNO(1)」というかけ声と共に、真っ暗な夜空に数10発の花火が連続して打ち上げられた。異国の地で見る花火は、またひと味違う美しさがあった。また、花火が佳境には入った頃に、「IORANA RAPANUI98」の文字が暗闇に浮かび上がった。あわててカメラを出して写真を撮った。
この後宿に戻るときに、「明日の朝、イースター島の初日の出を見よう」ということで、Uさんと私たちは朝6時に宿のテラスで待ち合わせをした。

今朝ダイニングで会った日本人夫婦からの忠告通り、私たち3人(Uさんを除く)とも腕と顔と首が真っ赤っかになってしまった。シャワールームで顔と腕は冷やせたけれど、首は冷やせなかったので、寝ている間中首が熱かった。(^_^;
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イースター島2日目


Copyright (C) 1998 Kazuyoshi Nakajima


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